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流麗に伸びる切っ先は、彼女の瞳を映して赤く輝く 愉悦に歪む目 彼女は罪深き・・・人殺し 昼間の彼女は、どこにでもいる温和なOL 消された個性、主張すべきものは何もないと言わんばかりの能動 繰り返し、人の感情に流されっぱなしの彼女 あぁ、昼間というのは少し違うかもしれない 人の目、昼の彼女を知る人の目がない場所では、とても冷たく、熱い目をする ざっざっざっ 走る 真っ暗な街の闇の中、どこまでも、どこまでも ひゅうひゅうと喉が鳴る、体の至る所が酸欠を訴える でも、止まらない、否「止まれない」 もつれる足を拳で叩き、更に先へ 先へ 先へ 先へ 『止まるな、止まるな!走れ、走れ、走れぇぇ』 酸素の欠乏、回らなくなった頭でそのことだけを考える 何キロ走っただとか、どこまで走ったかは、定かではない ここがどこかさえ、さっぱり分からない 突然眼前が開け、赤い橋が現れた 辺りを見回す。そう近くではないが民家の明かりもチラホラと見える その事に若干の安堵を覚え、足を止める もう限界だ 欄干にもたれ、ぜぇぜぇと体の隅々にまで酸素を取り入れる 体中が鈍く重い 腕を、足を、瞼を動かすのさえ辛い、極度の疲労が襲い掛かる ドクンドクンと五月蝿いほどの鼓動、収まらない荒い呼吸 かぁん イキナリ響いた音にギクっと身体を強張らせ、辺りを伺う さわさわと夜の風が吹く、下方で聞こえる川の流れ りーっと鳴く夜虫の声 周りには春の夜特有の優しい闇 額を流れる嫌な汗をぬぐい、ふぅと息をつく なぜこんなことになってしまったのか・・・ ポケットに手を入れると、カサリと手に当たる煙草 1本しか残っていないそれを緩慢な動作で銜え 愛用のジッポで火を点ける 紫煙を肺いっぱいに吸い込み、夜の闇になじませるように吐く いつも吸う煙草の香りが、現状況に混乱する頭を多少落ち着かせる 軽く頭を振り、もう一度、吸い込む かぁん 『さっきと、同じ音?いや、若干近づいている・・・』 音の出所を確かめようと、音のした方へ向けジッポを灯す 反対方向の橋の袂から、上へと目線を移す バサリと音がして何かが飛び立つ かぁん 『鳥??』 ふわりと何かが頬を掠める感触にその心許ない灯りを手元に引き寄せる 頬を触りながら、眼前に目を向けると 向こうからも覗き込むような目 「ひっっ!!!!」 いつの間にか自分から1mもない位置に立つ一人の女 追い・・付かれた・・・ ごくりと唾を飲む、が喉はヒリ付き言葉は出てこない 黒衣の女は自分を追って来た筈なのに、呼吸一つ乱していない 最初からそこにいたかのように、春の闇の溶けていきそうな佇まい ただ、その目は赤く鈍い光を宿らせ、今日、仕事帰りに見た情景を思い起こさせる そう、ただ何となく、彼女の後を付いて行っただけだったのに 会社の取引先の、個性のないOL 人の顔色を伺い、いつも少し困ったような顔で笑う彼女 そんな彼女が心底楽しそうに微笑みながら小走りに駅から走っていくのを見て、どうしても気になった 彼女を笑わせるものが、何なのか・・・ 待ち合わせの友人だろうか、今話題のスイーツ、彼氏なのかもしれない、どんなものが彼女にこの笑みを贈るのだろうか 好奇心 猫をも殺すとはよく言ったものだ あの時、彼女は朱色の只中に立っていた 手には、何だろう細長いとても美しい刃物 滴る血と咽返りそうな臓物の臭いの中で彼女はとても美しく立っていた 今と同じような笑み、とても邪悪に・・・微笑んでいた 邪悪なものはとても美しい、道を誤らせる為に、判断を狂わせる為に 「まったく、手間取らせやがって・・・どこまで逃げても同じさ」 彼女が口を開く、いつもの口調とは全く違う そんな事を言うと、彼女は戸惑うだろうか それよりも、自分に気付いているのだろうか そんな自嘲的な感情が沸き起こる これから、自らの身に起こる事は大体予想はついているのに、妙な気分 ツイっと彼女が距離を詰め、首筋に冷たい感触 ヒヤリと美しい刃物 「見ちゃ、やばい物を見ちまったんだ・・・しょうがねぇよ諦めな」 そんな事を言う彼女は少しも申し訳なさそうな顔はしておらず、徐々に首筋に熱いものが這う 体中は冷たいのに、首筋と頭だけが熱い 蛇に睨まれた蛙はこんな気分なのか、金縛りとはこういうことを言うのか、ピクリとも指先一つ動かせない 寄り添うように近づいた彼女は凛として、昼間の彼女の欠片は一つも見つからない 風が川を渡りざぁっと吹き抜ける 刃物が振り抜かれ、切っ先の赤い雫が振り落とされる あぁ、闇がいい匂いだ・・・ 天地がぐるりと回り、自分が倒れたのに気付く 相変わらず、彼女は何が可笑しいのか笑っている 『いや、嬉しいのか・・・俺が死んで・・・』 ふわりと黒衣をはためかせ、彼女が近づいてくる 『だいじょうぶ、とどめなんてささなくても、もうじきだ・・よ』 倒れるほどの出血に、次第に目も霞む 「悪いな、これもルールなんだ職業・殺し屋。の」 何か言っているが、もうあまり聞き取れない、自分の時間はもうじき終わる 「あと、アンタ見積書の書き方下手だったよ」 ふっと彼女が笑う その笑顔は誰のものでもない、自分のための笑みで・・・その時気付いた 『すきだったんだ、おれ、そう・・・か』 人殺しに恋をした男の結末 分かりきっている結末 春闇に佇むその姿はとても邪悪な清らかさに溢れ その切っ先は輝く、彼女の赤い瞳を映して |