|
「あっ、志賀さん・・・ちょっと」 クイっと掴まれた袖口に、振り向けば そこには少し困ったようないつもの、表のお仕事の顔 「今日は、あの、部長に頼まれて・・・2時からクライアントさんの所へ設計図を持って行くついでに、前回の請求書の説明をしてくれって頼まれてまして…」 ヒョイと給湯室から顔を覗かせた部長が、下世話な笑顔を浮かべながらヒラヒラと手を振っている はぁ〜っと一つ大きなため息をつく どうやら社員旅行からコッチ、彼女との間を取り持って(?)くれる気満々の皆さんが多くて多くて・・・何かにつけて気を回してくるのだ 「分かりました、じゃあめぐみさんも一緒なんで営業車、出しますね」 その言葉に彼女は曖昧に笑いながら、頷く 今この顔の裏にどんな感情が渦巻いているのだろう 職コロのメンバーの自分でなければ分からないほどの完璧な隠匿 『ほんっと、完璧主義者・・・』 *** 「じゃあ、部長さんにもよろしく言っといて」 「はぁ、まぁ・・・伝えておきます〜」 取引先の担当はいつもと違い若い女が来たのが嬉しかったのか、終始機嫌が良かった 彼女の説明のお陰で、話は早くカタが付いたし、何せ先方の機嫌がいいのは良い クライアントの会社を発車し、一つ目の角を曲がったところでドカッとダッシュボードの上に足が放り投げられた チラリと横を見ると こめかみには青筋が浮かび、ギリギリと音を立てそうなくらい歯を食いしばった彼女がこちらを物凄い形相で睨んでいる 「あっあの、大変ですよね〜経理の人までが引っ張り出されちゃっ」 「うるせーよっ!!!」 ドカッと更にダッシュボードを蹴られる 恐ろしく機嫌が悪い、こんな時には触らぬ神には祟りナシだろう・・・ いつもなら罵詈雑言のオンパレードのハズが酷く重苦しい、肌に突き刺さるような沈黙 もたない間をなんとかしようとラジオをつける 何とも言い難い気まずい雰囲気の中、DJの乾いた笑い声が響く 一昔前のヒット曲が流れ始めたところで、彼女が口を開く 「クモぉ、ヤるぞコラァ」 低く、くぐもった声、思わず急ブレーキを踏んで彼女を見る 「お前のせいで、このアタシが迷惑を被ってるんだろうぐわぁ!!!ソレくらいの労働報酬がなけりゃやってられるかっつーの!!!」 TPOを完全に無視して襲い掛かられそうな状況に、なだめつつホテルに避難する 「営業車で制服のOLと、真昼間ッからラブホたぁ、まったく卑しいね〜、く・もっ!」 バチンと背中を叩かれ、顔を顰める 「それは、あなたでしょう〜マンティス。普通にしてたら有能な経理なのに・・・」 足に鈍い痛みが走り、視界が斜めに降って来る 思い切り打ち付けた身体を擦りながら、自分が足払いを受けた事に気付く 刹那 ドンっと腹部に圧迫感、薄ぼんやりとした部屋の照明を背にいつも昼間に見る彼女の顔 さっきまでの顔ではない、OLの顔の彼女に少し不協和音を感じる 自分に馬乗りになった、彼女はいつもの困ったような笑顔で、口調で、トーンで淡々と喋る 「志賀さ〜ん、昨日何してました???」 質問の意図が読めない、昨日??何してたって??? 頭をことりと傾けながら、先を続ける 「昨日、私がぁお仕事のヘルプの件で志賀さんのお宅を訪ねたらですね」 昨日の自分の行動を脳内トレースしていく 「私が、大っっ好きな焼肉のお誘いを断ってまでぇ志賀さんのお家に行ったら・・・小夜・・・っデコとぉ何やっていやがったんですかぁ?ええっ!?この馬鹿野郎様はよぉ!!!!」 不意に目の前に現れた手は寸分も違(たが)わず頚動脈を押さえ、ギリギリと締め上げていく 張り付いた笑顔からは、想像も付かない台詞と表情のない瞳 アンバランスさにチリチリと不快感がこみ上げる 会社の中と同じ顔、今のこの状況 ニアワナイ かはっと肺から空気がもれる 「どっ独占欲が強いから、完璧主義者なんですかね…ぇ」 声を出すのが徐々に辛くなるほどにキツク首を絞められていく あまり物が考えられず、思ったことが口を付いて出る 「その目・・・死んだ魚の目みたいだ・・・」 プツッと、食い込んだ爪で皮膚が破れる 一瞬軽く見開かれる瞳 次の瞬間、彼女の目や口は卑しく歪み、見慣れた異常者の顔 血を好むその顔で、首筋から流れる血を舌で舐め取り、こくりと喉を鳴らす そのまま頭をずらし、耳に齧りついてくる 「クモよぉ、お前は本当にワケのわからねぇ・・・イカレた奴だぜ」 銀髪を鷲掴みにする華奢な指 熱い吐息と、微かな血の匂い 「マンティス、君も同じだろ?淫乱な蟷螂さん」 内側から刺し殺そうとする自分と、外側から食い殺そうとする蟷螂 この卑しい擬似殺人 殺し合う獣、死と肉の快楽、自分と対等の雌 死を伴わず、しかし死の真っ只中での交わり 『貴重な存在・・・だよね??』 *** 絆創膏や包帯だらけで、思案にくれる 会社の近くで、ルームミラーに写る、余りにも営業帰りに似つかわしくない風体に頭を抱える 「あぁ〜〜何て言い訳すればいいんだろ。。。」 「・・・大丈夫だよ、志賀っちよぅ」 相変わらず、シートを倒し尊大な格好で腕を組んでいた彼女はおもむろに一枚の紙を取り出す 投げて寄越させるソレを見てみると許可済みの『直帰届け』 「先に出しといた、どうせ最初から一発決める予定だったし」 確かに1日経てば、傷の腫れや赤味も引くだろう 動機は不純ながらも彼女の手際と段取りの良さに、素直に感動を覚える 「ただし、さっきの『独占欲が強い』は取り消せ!」 「は??でもさっきはそれで機嫌が 」 いい掛けた言葉を凄い剣幕で遮断される 「ちげーよ、バカ!冷徹冷血クールビューティーなアタシがそんなガキみたいな事言われちゃ、かっこつかねーんだよ!ちったぁ頭と気ぃ使えや!ボケが!!」 「え〜と、じゃあ、何であんな・・・」 「だ・ま・れ!!殺されてーのか、こんの腐れピーがっっ!!!!」 ビリビリと車内が震えるほどの咆哮 沸騰しそうな彼女の顔を横目で見つつ、 見つからないように、小さく笑う 車は、彼女の機嫌を取るために昨日食べ損なったという高級焼肉店へと向かう 彼女のペースを、仮面を、乱しはがした時の驚いた丸い目は、可愛いと思った 『なんて、絶対に言えないなぁ〜』 |